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ある年のクリスマスプレゼント

 あれは20世紀最後の1999年のこと、僕はオーストラリアの砂漠のど真ん中にいた。日中は40度を超え、目の前に広がるのは数万年前から変わらない赤茶色の砂漠。僕は知り合った2人の日本人と一緒にミレニアムをエアーズロックで迎えようと、バイクを走らせていた。
 ウーダナダッタという未舗装の道を走り、砂と汗まみれになってひたすらアクセルを回し続けた日々。今にして思うと一体なぜあんなことをしたかったのだろう。その道を走破したところで誰かに褒められるわけでも、何か記念品がもらえるわけでもなかった。一日400キロのダート道。突然大きな穴が目の前に現れてバイクが宙を舞い、吹っ飛んでしまうこともあった。クソ暑いのに長袖を着て、ハードブーツまで履いていた。それでもその時にはそうしていることに生きている実感というものをありありと感じられたし、今まで知らなかった世界というものに文字通り突入することで、世界というものが広がっているように思っていた。
 今でもこの日に関して覚えていることがある。小さな町でガソリンを補給した時のこと、ガソリンスタンドの近くに住んでいた原住民(アボリジ二)のおじさんが酔っ払って家から出てきた。強烈な太陽に焼かれてこげ茶色の肌をした中年のおじさんは薄汚い格好をして、砂にまみれたさらに薄汚い格好をした3人のライダーを興味の目でじろじろと眺めた。おじさんは手にキラキラと緑に光るBPの缶ビールを持っていて、クリスマスなんだからお前らも飲めよ、といって僕らにも一本ずつ缶ビールをくれた。ビールどころか、冷たいものも数日飲んでいなかった僕はそれをほとんど一息で飲み干した。
僕たちは夕方になるとバイクを止め、適当なところでキャンプをした。夜になるとカンガルーがバイクに飛び込んでくることもあるので、基本的には夜のオーストラリアは走れない。砂漠のど真ん中ということもあって、400キロ走ったところですれ違う車は1台か2台ぐらいのものだったからどこでテントを張ったところで誰の迷惑にもならなかった。
 僕らはテントを張り、ガスバーナーで料理をはじめ、毎日の習慣のようにキャンプファイアをした。火を眺め、暖められ、燃え上がる炎が発する心地よい音を聞く。それが一日の終わりの儀式で、日が沈んでしまうと地平線に取り囲まれていた僕らの頭上には天の川がくっきりと見える満天の星空が広がった。広大な宇宙の下では我々の目の前にある炎は何の目印にもならないような小さな生命の灯でしかなかった。その灯を囲んでまるで吟遊詩人たちのようにいろんな話をした、映画や音楽の話、恋人や家族の話、それぞれの街の話。
 ふいに誰かが叫んだ、なんだあれ、と。見ると地平線の彼方に眩く光るものが見えた。最初はUFOだ、UFOだ、俺たち襲われるぞ、と言って騒いでいたが、助けを呼べる人が周りにいるわけでもなく、誰も携帯電話を持っていなかった。
 地平線から顔を出した光源が月であるということを理解したとき、我々はみんな息を呑んだ。月はゆっくりとその姿を宇宙の中に表し始め、煌々とした砂漠を優しい光で照らし始めた。それはまるで宇宙が始まった時を告げるかのように幻想的で、今までの遭遇したどんなものよりも神秘的な風景だった。

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