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パパとミラノ

 僕とミラノを同時に紹介してゆくという強引なこのブログも少しずつ記事が書けてきました。
 うーんと、この間話が出たのですが、一応僕もパパなのです。
 ここイタリアでは生まれてくる子供の3人に1人が移民の子供であるらしいのですが、僕の子供もその1人のほうであるということです。
 でもどこもかしこも日本人だらけの日本と比べるとこの国際的な数字はすごいことですね。日本に帰ると本当に日本人しかいないなあ、と思います。
 僕の子供はオランダ人と日本人の両親の間でイタリアに生まれたというかなりややこしいものです。まあ、ヨーロッパではそんなに珍しくないのかもしれませんが、日本人の僕から見ると因数分解が必要になってくるようなややこしさです。
 なぜ今日これを書いているかというと今日始めて一歳5ヶ月になる娘に「パパ」と呼ばれたからです。
ここイタリアでは8月はほとんどの人が休みで、言ってしまえば国全体が夏休みという感じです。まあ、日本では考えられませんがほんとうにそんな感じです。
 僕が8月のスケジュールはどうしようかなとカレンダーを見ていると「パパ」と呼ばれたので振り向くと娘がいました。今まで「パパ」という単語を発したことは何度かあるのですが、それはあくまで繰り返される単語の練習みたいなもので、今回は初めて僕を「パパ」と認識して呼んだわけです。
 うーん、要するにそれが嬉しかったわけで、これを書いているのですが、、、、、、、、えーと、どこかでミラノと繋げないとなあ。
 でも我々はある種の完結された輪のなかに閉じ込められているわけで、その糸をたどっていけばいつかはミラノとパパが繋がる場所があるかもしれない。
 一言にパパと言ってもいろんな種類のパパがいますね?ここイタリアで普通に日本人が「パパ」という発音をしたら、それはバチカンの大司教の「パパ」のことを意味します。父親という「パパ」の場合は発音の語尾を上げなくてはいけません。パトロンのことを「パパ」という場合もあるし、えーと、でも結局ミラノとはなかなか繋がらないなあ。
 まあ、でも、言ってしまえばすべての世界は繋がっている。
 そうゆうことで今回はお願いします。
 


 

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コメント

  1. eriko より:

    SECRET: 0
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    昨日はみちと一緒にお買い物をし、夕食はお互いの母親も呼んでパーッといきました。ここで父親の登場はなかったですが、家族同士の付き合いっていいなぁと思ったわけです。
    ちなみにトルコでもパパはキリスト教の司教やパトロンや兄貴分の人をさして言ったりします。要はイタリアからの外来語なんでしょうけど。

  2. tatsu より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    eriko さん
     
     家族同士の付き合いで「パーッ」とやれるのは楽しそうですね。
     今日はケバブを食べました。僕はよくケバブを食べます。おいしいですよね。
     また、よろしく。

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