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ミラノサローネ2010 No4  「日本人としてのデザイン」

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 「日本人としてのデザイン」
 イギリスの産業革命、ドイツの「バウハウス」そしてアールヌーボー。現在のモダンデザインの基礎はヨーロッパを中心に発達したと言ってもいいだろう。
 消費が洗練化を生みだし、時代のデザインが現代のイメージとフィットする。いつの間にか我々の環境はデザインによって形作られていると言えるかもしれない。
 人間の進化の過程としてのイメージ洗練。そして進化のイメージとしてのデザイン。その世界規模のデザイン博「ミラノ・サローネ」において、日本人が表現してゆける「日本人としてのデザイン」とは何なのか?
 今回は漠然とそんな質問をチームに投げかけてみた。
佐武「最近、ヨーロッパのZENブームなんかがあって、いかにも『和』というようなデザインを良く見かけます。折り紙から作ったものや、障子というマテリアルを前面に出してきているもの、そうゆうものは作らないんですか?」
「えー」とすぐに答えてくれたのはトモコさんだった。「だって、自分で自分のものまねをしてもしょうがないじゃないですか?それに日本人だからって、わざわざ日本人的なものを作ることもないと思うんです。それは無意識的に作品に出るものだと思うし、それにもういいかげん…」
「まあ、もうくどいかもな」とツヨシさん。「それに日本人ということはちゃんと意識しなくてはいけないことだけど、それは自然に出てくるもんじゃないかと思う。なんかな、作品を見ると『ああ、日本人が作ったんやな』ってなんとなくわかるねん。それは意識しなくても作品に入っているものであって、微妙で説明しにくいものなんやと思う。ただそれは引き出せる表現のひとつとしてはあると思うけど、でもそれを前面に出すとな、ちょっとくどいような気がするな」
佐武「まあ、とりあえずそうゆうものを作るつもりはないということですね」
「私はね、日本人としてはやっぱり光と影というものを意識していると、言うのかしら…」とサチコさん。「なんか私はそうゆう影とか、そうゆう概念をきちんと日本人らしく意識したものが西洋では受けると思うの。あの、日本の映画とかでも、光と影の表現がすごいって外国の人は言うもんね。そうゆう感覚も日本人らしいものだし、そこから生まれた作品というものは日本人として生かせてゆけると思うのよね」
 無理やり日本人というものを前面に出すのではなく、自然と日本人という意識が作品に反映される。そうしたものを世界に発信してゆくことが日本人として望ましい形なのかもしれない。

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コメント

  1. mitsuko より:

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    なんだか楽しそうな話題ですね!!
    日本しか知らない日本人よりも海外にでている日本人の方が日本がわかっていたりしますよね
    あと、日本の文化を大切になさっていますよね
    大和魂とか大和撫子とか・・・ほとんに持ち合わせていない人が、日本の物をつくろうとすると、わざとらしさがでるんですかねぇ
    作品は、その人なりでいいと私も思います
    産まれて育った環境で、感性とか感覚も違いますもの
    自分をもっている人の作品のほうが、こころ惹かれるような気がします

  2. tatsu より:

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    mitsuko さん
    そうですね。確かに外国に出ると日本のことがよくわかります。親元を離れてみないと親のありがたさがなかなかわからないように、日本も外から眺めると違う角度で見れるようになるんだろうと思います。

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