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ミラノ・サローネ2013(3)「サローネ2大デザイナー」

以前このミラノ・サローネのブログで紹介したことはあるが,ミラノサローネに参加している中で世界的な有名日本人デザイナーを二人挙げるとすると吉岡徳仁氏深澤直人氏が挙げられる。
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 吉岡氏はインテルニというミラノでも一番有名なデザイン雑誌の表紙を飾るなど、毎年多くの企業とコラボレーションをしサローネにて作品を発表。常に前衛的な姿勢を失わない、夢のあるアーティストいう作風が印象的。
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 今年もDESALTOなどイタリアの企業から多くの作品が出展され話題を集めた。
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 一方深澤直人氏は日本人的な哲学を持った職人というイメージが強い。こちらは今年のマルニ木工のブース。写真手前はJasper Morrison氏の作品(BENCH 210)。2008年から続く深澤直人氏とのコラボレーションは5年目を迎え、今年は深澤直人氏の新作である折りたたみのできる椅子(FOLDING CHAIR)も発表された。
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 人間というものはその価値を認め、それと金額が見合った場合に初めて購入し消費するという社会的行為が生まれる。こうした有名な2大デザイナーの作品なら100万出してもいいという人もいれば、1万円でも買わない人もいるだろう。そうゆう考え方はアート的だと言えなくもないけど、要するに作品とは情報に基づいた商品なのだ。
「有名」というのを決めるのは本人ではない。では一体有名ってどうゆう意味だろう?多くの人が名前を知っていること?その業界では名が売れているということだろうか?
 どんな業界でも才能に秀でた人間というのは世の中にはたくさんいて、それでも「有名」という人になるのは一握りの人たちだ。それは秀でた能力が商業的に成果を生んだ結果と呼べなくもない。スタイルというものがまずあって、そこから好みというものに分かれる。スタイルが確立してないレベルというものは、それは個とさえ認識されない。
 才能とは欠落である、という考え方がある。それは誰しもが持っているもので、欠落に何を放り込んでみてもそれは決して埋まらない。物を作るということはその欠落と向き合い、そのそれぞれの欠落を別の形として表現しようとする行為に近いのかもしれない。ただイメージを形にしてゆくにはそれに見合った技術と洗練、そして資本というものが必要になる。こうしたスター達が次々と才能を認め合う企業とコラボをしてゆく理由はそういったところにあるのかもしれない。

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